一緒に考えてみましょう。
今まで湊崎純師がショートメッセージを語られてきましたが、これから私が語らさせていただくことになります。
(湊崎純師は何かあったですか?もしかしたら、病気?事故?体調を崩して倒れた?そんなことはありません。皆様が心配したり、気にしてくれてありがとうございます。湊崎純師はいつもとおり元気です。)
今回は前回の続きで、5つのソラの1つ「ただ恵みのみ」について考えていきたいと思います。
神様が私たちのために救いの方法は、ただ信仰だけ(のみ)なのです。
なぜなら、すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができないからです(ローマ3:23)。自分の力で救い出せる方法はありません。しかし、神様はあわれみ深い方であり、あなたを愛しているから、救いの道を備えてくださったのです。それが、イエス・キリストを信じる信仰のみが、私たちのただ1つだけの救いです。実は、この信仰も神様からの贈り物なのです。
私たちが、救われたのはただ「恵みだけ(のみ)」です。
(‐‐あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです‐‐エペソ2:5b)
「恵み」は、困っている人をあわれんで、お金や物などを与えるの意味なのです。
または、受けるに値しないものを与えられたものの意味なのです。
(※ 「恵み」の日本手話の表現が一般的と違うところがあります。)
つまり、私たちが神の御前に困っていることがあることがわかります。それは、神の御前に罪人であり、神の御怒りを受ける者(罪の罰)であるのです。どんな人でもだれでも、罪の罰から逃れることができないのです。だから、私たちは地獄へ行かなければなりません。しかし、神の「恵み」は、神の御怒りから救ってくださることなのです。「恵み」は、お金とか物ではないのです。神様から下さった「信仰」なのです。
神の恵みがなければ、私たちは「信仰」を持つことができないのです。
神の恵みが働かなければ、私たちはイエス・キリストを信じて、悔い改めることができないのです。だから、神様は、本当にあわれみ深いお方なのです。(私たちができないことを神がしてくださったのです。)
今日も一日、すばらしい恵みを感謝をあらわして、歩んで行きましょう。